滋賀の山城を求めて~小谷城編~
山城を求めて小谷城に行ってきました。
小谷城は連休だとガイドツアーをやってくれているので、それに参加してみた。
ガイドさんの話がとてもためになる。ちゃんとメモしながら聞いていればよかったなー。
戦国ガイドステーションでガイドツアーを申し込み。
杖を持って行ってくださいって言われて拝借。初めて杖使う!すごく楽だった。
「かえしておねがい♡」
ガイドを申し込むとさらに番所跡のあたりまでバスで連れて行ってくれる。(歩くと40分くらいの登山らしい)
通った道の先が見えないくらいくねった曲がり道。これも策の一つで、敵がこの道を進むとき、まっすぐだと2方向からしか攻撃ができないが、曲がり道にすると3方向から攻撃ができるという仕組み。なるほど!
虎御前山展望所
目の前の山が虎御前山。さらに向こう側に琵琶湖。小谷城攻めのときに織田方がこの山に陣を布いている。
御馬屋跡と馬洗池
杖をついた人が立っているあたりが土塁。
池の奥にある石垣は当時のもの。この池の上にももう一つ池がある。草が繁茂していて池とわかりにくくなっていたけれど。
桜馬場展望所の眺め
ここで大河ドラマ『江』の撮影をしたそうです。観てたけど記憶にない…。お市の方が嫁いできたときに、長政がここに連れてきて会話したシーンが…あれ?全部見てたのに何で記憶がないんだろ…。小谷城の下には福井に通じる道があり、お市の方が柴田勝家のもとに再婚するときに通ったんだとか。どんな思いでこのあたりを通ったんでしょうか。
海は無いが、この道のおかげで若狭からの海の幸が届き、経済的にも豊かだったんだとか。浅井長政像もぽっちゃりしてますよねって言われた時は「あぁ確かに」と思った。
首据石
初代亮政のときの六角氏との戦いで内通した今井秀信の首をさらしたとされる石。
浅井氏家臣供養碑
供養碑の後ろで石がごろごろしているのは、羽柴秀吉が小谷城を壊した跡なんだそう。浅井氏を滅ぼした後、小谷城に秀吉が入ったが、往来が不便ということで長浜城を築城して移動。その後、別の武将がこの城を使って悪企みしないようにと壊した。
浅井氏の最期に、城に火にかけたというシーンというかイメージがあるけど、燃えた痕跡が発掘されていないし、燃えたら秀吉が入れないってことで、燃えてない。
黒金御門跡
秀吉による破壊の痕跡が見られる。
井戸跡
井戸跡から化粧道具が発掘されたんだとか。持ち主はお市の方?井戸って面白いよね、ホント好き。
本丸跡
本丸跡から見える堀切
残念ながら堀切のV字具合が確認できませんでした。ツアーに含まれていなかった。
本丸跡から見える赤尾屋敷跡
真ん中よりちょっと上に移っている茶色いスペースが赤尾屋敷跡。天正元年(1573)に浅井長政が29歳の若さで自刃した。29歳…若い!
ここでUターン!小谷城にはまだまだ遺構があり、回ると一日がかりになるんだとか。なんかそんな気がする。
小谷城戦国歴史資料館を周る予定だったのだが、なにをトチ狂ったのか、下山してすぐ出発のバスを予約してしまい…。またこの地に戻ってこようと思いました。
近くに姉川の合戦跡もあるから行きたいし。
時間が余ってしまったので予定外の城に行きました。
それはどこか?
次回に続く!