武田と織田と西軍と
関ケ原陣地巡りの前後にお城も巡ってきました。
★岩村城と城下町
明知鉄道に揺られて♪
到着したところが…
やっぱり閑散としていて心細い…
でも、歩いていくと
城下町ということで、街並みがきれいでした!!おしゃれなカフェとかあって、時間があれば、寄ってみたかった。あと、お酒は甘い系しか飲めないけど『女城主』飲んでみたかった!カステラも有名なのかな?
歩いていると、この板があちこちで見られる。
しかも、全部書いてあることが違う。佐藤一斎は岩村藩のなんかすごい人らしい。
ずんずん歩き進めると、やっと城の一部が見えてくる。
太鼓櫓
太陽がまぶしいですね。太鼓櫓の門をくぐると、歴史資料館がある。ここで100名城のスタンプゲット♪
資料館は岩村藩の資料がメインで、古代資料もちらほら展示してあった。あと、さっきの佐藤一斎(大儒学者)の資料と、近代女子教育の先駆者・下田歌子と生物学者・三好学がこのあたりの出身のようで、その方々の資料がありました。
一の門
このあたりに一の門があったらしい。心が…折れそう…
土岐門跡
伝承によると、城主の遠山氏が土岐氏を破った際に、居城の門をかっぱらってここに建てたから、その名がついたらしい。廃城後にどこかの寺の門に使われているとのこと。
追手門跡
この近くに三重櫓があった。
こういう風景になると、わくわくしてくるね♪
霧ヶ井
敵が攻めてきたときに、秘蔵の蛇骨をこの井戸に投げ込むと、たちまち霧が現れて、城を守ったといわれている。ゲームの世界にありそうな設定だなぁ!面白い!!
岩村城は別名「霧ヶ城」とも言われていて、由来はここからきている。
六段の石垣!
このアングルだと、あまり六段ってわからないけど、こう見ると…
おお!本当に六段だ!
六段の石垣を登ると、多門櫓跡がある。
さらに登ると、本丸跡。
ここからの眺めはさぞかし…
自然だらけでしたー!!おつやの方がいた時と、風景変わってないんだろうな、きっと。右の電柱がないくらいなんじゃない?
その後、急ぎ足で下山しました。明知鉄道、電車の本数少ないからね!
岩村城はそこそこの根性があれば登れる。話によると、本丸の近くまで、車が行けるらしい!そっかー!
心が折れるかと思ったけど、意外と大丈夫だった。なぜかって?岩村駅と城下町事態がすでに高い位置にあると思われるからさ!
ちなみに一番心が折れたのは奈良県の高取城。戻ろうにも戻れないしじゃあ進むかみたいな。でも、えらく立派な石垣が残っているので、登る価値はおおいにアリ!!おすすめよ!いつか高取城も取り上げてみたい。
その足で名古屋まで戻り。
★清洲城
そいや、たまーに名古屋行くけど、行ったことがないなと思って。
清洲駅を降りると、そこらじゅうにこの旗が!そっか、映画が公開されんだね。
原作と映画、どちらもチェックしとかねば!
赤い橋に黒い天守!合いますな。
中は博物館みたいになっていて、子ども向けの紙芝居をやっていた。しかもやけにテンション高い。あと、歴代の大河ドラマで使用された信長の衣装も展示してあった。これはすごい。
天守から見た景色。
右(上):名古屋方面。ツインタワーが見えますね。
左(下):関ヶ原とかそっち方面。うっすら見える、あの山は何かしら?
城の近くでは信長像とそれを見つめる濃姫像。ここ、恋愛スポットになってるみたいなんだけど、ふたりは…恋愛結婚じゃーなかったような…?しかし、濃姫さん、信長の正室なのに、本当の名前すらも分からず謎に満ちていて魅力的!どんな女性だったのだろうか?
★大垣城
商店街の通りの小道ってほどでもない道に入るとある。歩いても歩いても天守が一向に見えないのでちょっと不安になりました。
おお!立派な門。
大垣城は昭和11年に現存天守として国宝に指定されていたが、9年後に戦火で焼失。惜しい!なんてことを!でも、こういう運命にあったお城、ちょこちょこ見かけるよね…。今のは昭和34年に再建されたもの。
大垣城は関ヶ原の戦いで、西軍の陣地となっていたが、家康におびき出されて、関ヶ原で戦うことになった。
お城を3つも行ったの初めてなんじゃないかい?今回の旅もとても楽しかった!
次は多分、川越かな?楽しみ。